神仏の加護があってこそ名画ができる、などと申す者たちをせせら笑ってきた良秀でしたが、「地獄変図」の製作の日々は、それまでと違っておりました。
 未だ明けやらぬうちから、瀧に打たれ、神仏に憑かれたごとく祈っていたと申します。
娘の菩提を弔い、阿弥陀如来像をいただき描いていたと申します。
 お経とも狂人の戯言とも・・・。なんとも意味不明なことをつぶやきながらの製作は、さすがの弟子たちも、あまりにもの異様さに画室にちかづかなかったと聞きました。
 心配の余り、弟子たちがおそるおそる画室をのぞくと、阿修羅か明王のごとく観え、不思議な光を放っていたと申しました。

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