路面電車----チンチン電車

現在の国体道路(昭和53年やまびこ国体)は松南高校から浅間温泉の単線電車路線を、整備拡張した道です。大正13(1924)に開業してから、昭和39(1964)年に廃線となり、操業期間中に約653万人を運んだといいます。乗客のピークは戦後のことで、定員は80人でしたがとても乗り切れず、ステップはおろか、前後の外につけられた保護フェンダーまで乗ったといいます。 浅間温泉への団体客のために、増発電車が2台・3台と連ねて運行もされました。

 チンチン電車とは、出発・停車・下車などの合図を、車内のひもを引くとチンチンとなった愛称だ。昭和3年(1928)の時刻表を見ると朝5時から夜中の12時。一日96おうふくもしたといいます。

廃線の主な要因は車社会に一挙になったということでしょう。昭和42年には自動車は約6万台。翌年には9千台もふえていった 。
 タダでさえ城下の狭い道は対応できず、ただいま大改造中といえますが、鍵の手に曲がった城道も残したいですね。

 写真は昭和35年頃
松南高校前の90度カーブで運転中もっとも神経を使ったといいます。
 木造の車体がギシギシと悲鳴をあげていました。
背後は今はホテル。その奥は県の森公園。
見えにくいがダットサンがはしっています。

汽  車

 篠ノ井線が松本まで開通したのは明治35(1902)であった。

松本・篠ノ井間で最大の難所は冠着トンネルで1000分の25という急勾配だった。長さも2662mと本県で一番長く、蒸気機関車の時代では大変であった。時代は、戦後間もない昭和21(1946)のことだが、定員オーバーのためでもあったが、トンネル内で立ち往生。酸欠騒ぎになり8名が倒れたという。

07-5-26のニュースによると東京・荒川線の路面電車は以前の車体を復元し
走っているとか。同じかもしれません。

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