西洋化はものすごいスピードで町を変えていった。

なんたってその一番は電気だ。最初にボート輝いたのは、明治32年。四柱神社の境内で,風が吹いても消えない光に、またまた大騒ぎだったズラ。
境内に記念塔があるンネ。

 電気の明かりといっても、60ワット「十燭光といった」くらいだった。
普及時は電気器具はレンタルで、米一斗とはいかにも高い。
それでも急速に広がって、大正中頃には松本中に普及した。

 フイラメントが赤くボーと輝き、これがまたすぐに切れたというジ。

 時代は少し下り、オレも記憶にある戦後のことだが、切れた電球をなおすという、いんちき機械が売り出された。電球って高価なものだったわけだネ。
 次いでながら、電信「電話」の始まりは、やっぱし巡幸の年からだった。
 鉄道は明治35年に松本から篠ノ井が開通して、順調に伸びていった。

だけどいいことばかりではなかった。

日清・日露そして大東亜戦争と、戦争の時代に入っていく。
松本歩兵五十連隊が成立し、第二次世界大戦が終わる1945{昭和20}まで、今の信州大学キャンパスにあった。
 商業の中心地であると同時に、軍都とも呼ばれるようになっちまったわけだいネ。

 

                                                 
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