あかあかや あかあかあかや 
  あかあかや あかあかや月
      
                 
明恵

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平安から鎌倉時代にかけては動乱が続き、あきらめムードの末法思想がひろがった。
人々は新しい教えを求め、後の教科書でいわれる、新仏教の時代でもあった。

浄土宗を開いた法然。その弟子の親鸞は明治以降、浄土真宗の祖であった。
法華経こそが真髄であると日蓮。法華宗は数々の新興教団をうみだし、今日にいたっている
栄西は中国より、禅宗をもたらし、臨済宗をおこした。
純粋禅を目指し、道元は曹洞宗をひらいた。

反体制的な新仏教が綺羅星のごとく誕生した時代で、奈良を中心とした南都仏教は、いわば旧態の体制派仏教であった。
その中で、明恵(1173--1232)は、華厳宗の高山寺を開山した高僧であった。

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