そらになる心は春の霞にて
    世にあらじとも思い立つかな
 
 

時は12世紀鳥羽院につかえる北面の武士、佐藤さんといってもわかりませんよねー。漂白の歌人・西行 1117-1190の出家前の姓です。現在だったらバリバリの企業マンが「オレこんなことをしていていいのか。毎日遅くまで働き、たまの休みも家庭サービス。オレの人生は・・・・。」と、ポッカリと空洞ができてしまいました。「ソウダ、オレには一生かけてやるべき仕事があるんだ」と精神世界に目覚め、きっぱりと家を捨ててしまった。その決意はすがりつく一人娘を振り切っての決断でした。とても厭世気分や、やけっぱちなどではない不退転の決意でありました。時に23歳の青年でした。今よりも精神年齢が高い時代だとはいへ尋常ではありません。
 西行さんのお好きな方はたくさんおられます.。花月にこころの思いを綴った多くの歌は悲哀に満ち、この世ならぬあやしげな美学がたまらない魅力なのでしょうか。

 ゆくえなく月に心のすみすみて
       果てはいかにかならむとすらむ

花月詠嘆に明け暮れした風狂詩人。どうやって食っていったのでしょう。
俗人そのものの私としては、腹がすいては戦がではぬ。貧して鈍する。
と言うではないか。


   願はくは花の下にて春死なむ
      そのきさらぎの望月のころ


                                 73歳の大往生でした。

佐藤義清(のりきよ)

自内証・・孤独な旅は己がよき話し相手だ

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